ロンドンには数多くの美術館があるが、その中でも一際異彩を放っているのがV&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)だ。
イギリス国内にはV&Aが運営する施設がいくつか存在するが、最も有名なのはサウス・ケンジントンにある本館だろう。世界中から集められた膨大なコレクションが所狭しと並び、1日かけてもすべてを見尽くすのは到底不可能なほどの規模を誇る。
そもそも「V&A」という名前は、19世紀イギリスの黄金期を築いたヴィクトリア女王とその夫アルバート公の頭文字に由来している。もともとは、1851年に開催された世界初の万博(ロンドン万国博覧会)の収益を元に設立された、王室ゆかりの博物館だ。
一般的に「博物館・美術館」といえば「古い絵画や彫刻を静かに鑑賞する場所」というイメージがあるかもしれない。しかし、V&Aの立ち位置は世界最大級の「アートとデザイン(装飾芸術)」の集まる場所だ。いわゆる「純粋芸術(ファイン・アート)」よりも、「人間が生活の中で使うモノを、いかに美しく、機能的に作るかという視点でコレクションが構成されている。
その背景には、設立当時のイギリスが抱えていた切実な悩みがあった。産業革命によってモノを作る技術は飛躍的に向上したものの、当時のイギリス製品は「デザインがダサい……」という大きな課題を抱えていた。
そこでアルバート公は考えた。 「世界中の優れた工芸品を並べて、イギリスの職人やデザイナーに見せよう。そうすれば、もっと良い製品が作れるようになるはずだ!」 つまり、V&Aはもともと「デザイナーを育てるための教育機関」としてスタートしたのだ。
そのため、British Museumのように巨匠の宗教画が並ぶのとは少し趣が異なる。例えば日本の展示ブースを覗けば、侍の鎧のすぐ隣に、ハローキティや懐かしのガラケーが同列に並んでいる——そんなユニークな光景を目にすることができる。
V&Aミュージアムの日本ブースで展示されている携帯たち。今見てもデザインがとても美しい
こうして設立されたV&Aだが、近年、ロンドンの至る所に新しい拠点をオープンさせている。
例えば、東ロンドンのベスナル・グリーンにある「ヤング V&A(Young V&A)」。 この建物は、もともとサウス・ケンジントンにあった1851年万博の仮設建造物(通称「プロンプトン・ボイラー」と呼ばれる鉄骨構造)を移築して建設され、1872年に「ベスナル・グリーン博物館」として開館した。
第一次世界大戦後から子供に関連するアイテムが展示されるようになり、1920年代に学芸員アーサー・セイビンが専用セクションを設置したことでその規模が拡大。1974年には「V&A子ども博物館」と命名され、子供時代の歴史に焦点を当てた国立博物館となった。
そして3年間の改装期間を経て、2023年に「ヤング V&A」としてリニューアル。このリブランディングにより、単に「子供の歴史」を展示する場所から、子供たちのための「遊び、創造、デザイン」を体験する実践的なスペースへと進化を遂げた。2023年には『Japan: Myths to Manga』という企画展があり、日本の漫画や妖怪、ジブリ、ハローキティなどが展示されたことも記憶に新しい。
Young V&A 館内
1925年 東京の名所を巡るすごろく
ナマズが日本でどういう意味を持つかを説明する展示
そして、2025年にロンドン東部のクイーン・エリザベス・オリンピック・パークに新たに誕生した「V&Aイースト・ストアハウス(V&A East Storehouse)」は、まさに画期的な博物館だ。
ここは、これまで一般公開されてこなかったV&Aの膨大な収蔵品(25万点以上)を、誰でも間近で見られるようにした「見せる収蔵庫」。博物館の「舞台裏」を体験できるような、少しテーマパーク感漂う場所で、巨大な棚に並ぶ作品を自由に見学したり、研究者が作品を扱う様子を観察したりできる。
V&A east storehouse 館内 3フロアにわたり「モノ」が並ぶ
手に届きそうなほど近くで保管物を見ることができる
ロンドン東部にあった有名なアパートの外壁
昨年の夏にベネチア・ビエンナーレ国際建築展を訪れた際にも、この博物館に関する展示を見て、非常に面白いと感じた。
ベネチア建築ビエンナーレ内の企画展「ON STRAGE」
基本的に博物館や美術館の倉庫は閉鎖的なものだ。しかし、これはコンセプト図からもわかるように、極端なまでの開放性を目指している。作品を保管するという「機能性」と、不特定多数の人が訪れるという「アンバランスさ」をうまく組み合わせていた点には驚かされた。
世界各国の美術館の倉庫の立ち位置
しかも、作品は驚くほど至近距離で見ることができる。正直、セキュリティや安全性の面で問題ないのかと、こちらが不安になるほどの距離感だ。また、ここには有料の「デヴィッド・ボウイ・センター」も設置されている。
そして今年、2026年5月には、そのストアハウスから徒歩10分ほどの場所に、また違うV&Aがオープンする。
こちらはより伝統的な「展示」を中心とした博物館で、2026年4月に開館予定だ。ロンドン東部の若者やクリエイター、地域住民とのワークショップも開催されるという。
ちなみに、現在東京の国立新美術館で開催されている「YBA & BEYOND:世界を変えた90s英国アート」のアーティストたちも、その多くがこのロンドン東部を拠点に活動していた。
写真左側にあるのが、今年オープンするV&Aミュージアム
この「ストラトフォード」と呼ばれる地区は、いわゆる再開発地区だ。そのルーツは2012年ロンドン五輪後の再開発計画「イースト・バンク(East Bank)」に遡る。ロンドン市長による11億ポンド規模の文化投資プロジェクトの一環で、かつての工業地帯を文化・教育の新たな中心地へと変貌させることを目指している。すでにBBCの音楽スタジオ、サドラーズ・ウェルズ劇場、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(LCF)、UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)の新キャンパスなどが集まる巨大な文化特区になった。
正直なところ、現在の東ロンドンは、かつてのような「アーティストの街」というよりは、ジェントリフィケーションによって地価が上がり、アーティストが気軽に住める場所ではなくなっている(これについてはまた別記事で書こうと思う)。けれど、これから東ロンドンがより一層変化していくことは間違いないだろう。