ロンドンの街を歩くと、至る所で「Matcha」の文字を見かける。正直、日本にいる時よりも「抹茶」という単語を目にしている気がする。
今、ロンドンでは空前の抹茶ブームが起きている。数年前からブームの兆しはあったし、抹茶専門のカフェも見かけてはいたけれど、当時はまだカルチャー感度やヘルシー志向が高い人たちのためのものだった。
ところが、ここ1年で状況は一変。大手チェーンから小さなローカルカフェにいたるまで、抹茶ラテが「定番メニュー」として当たり前のように並ぶようになっている。
伝統的な「紅茶(Black Tea)」の国であるロンドンで、なぜこれほどまでに抹茶が浸透したのか。その理由は、単なる味の好みを超えた、ロンドナーの価値観の変容にあった。
1. 「穏やかな覚醒」を求めるウェルネスの波
紅茶のイメージが強いロンドンだが、実はニューヨークに次ぐ「コーヒーの街」でもある。金融街のバンク駅周辺には数多くのカフェが並んでいるけれど、近年のウェルネス・ブームで抹茶に含まれる「L-テアニン」が注目され始めた。
L-テアニンには、カフェインの吸収を穏やかにし、精神を研ぎ澄ましながらもリラックスした状態を保つ効果がある。忙しいシティのビジネスマンやクリエイターたちが、コーヒーの急激な覚醒に代わる「パフォーマンス向上飲料」として抹茶を手に取っているのだ。
2. 紅茶文化の「進化系」としての受け入れ
イギリス人にとって、温かいミルクティーを飲むのは日常の習慣だ。抹茶ラテは、彼らにとって「見慣れない異国の飲み物」というよりは、「究極に健康的で贅沢な、新しいスタイルのミルクティー」として映っている。
特に、ロンドンに多いヴィーガン層にとって、オーツミルクと抹茶の相性の良さは革命的だった。従来の紅茶よりもクリーミーで満足感が高く、なおかつ「スーパーフードを摂取している」という自己肯定感を与えてくれる。これが、伝統的なティータイムが抹茶ラテへと置き換わっていった要因の一つと言える。
ブルーベリーなどの果物と抹茶を組み合わせスムージーのようにした土陸が最近よく売られている
大手スーパーM&Sでも抹茶がスーパーフードのような立ち位置で並んでいる
3. SNS時代の「視覚的アイデンティティ」
ロンドンのカフェシーンにおいて、抹茶の「鮮やかな緑」は最強の武器だ。「Blank Street Coffee」などの人気チェーンが火付け役となり、ブルーベリー抹茶やマンゴー抹茶といった、美しい層のグラデーションドリンクがSNSで爆発的に拡散された。
また、ロンドンで人気の抹茶専門カフェ「Jenki」は、京都の形をポップなロゴにし(ほぼ雷にしか見えないけれど……)、抹茶をポップカルチャーとして発信している。
かつて紅茶は、家でリラックスして飲む「日常」の象徴だった。けれど、今の抹茶は「自分は健康や文化に気を配っている」というセルフブランディングの象徴。つまり、持っているだけでサマになるファッションアイテムとしての地位を確立したのだ。
こうした背景から、今や抹茶は単なる飲み物ではなく、一種のステータスやモダンな儀式として楽しまれている。単に粉を溶かすだけでなく、本格的な茶筅(ちゃせん)を使って点てるパフォーマンスを取り入れる店舗も増えていて、そのクラフトマンシップへの敬意も人気の理由の一つだ。
日本人が経営する「Matchado(抹茶堂)」や、京都の老舗「辻利(Tsujiri)」も、ロンドンで確かな人気を誇っている。
さらに最近では、抹茶に続いて「ほうじ茶」にも注目が集まっている。ほうじ茶は抹茶よりもさらにカフェインが少なく、コーヒーに近い香ばしさがあるため、夕方以降の「アフターヌーン・ドリンク」として急速に支持を広げている。もしかしたら、抹茶に続く第2の波として、本格的なほうじ茶ブームがすぐそこまで来ているのかもしれない。